「映画化された原作は面白い」ことにぼくは気づきました。映画の面白さは別として、映画化された本自体は面白い。本のほうが気に入って映画を見るとがっかりすることが多いですが、映画になった本は今のところ外れがないと思っています。
彼らは数ある本の中から莫大な費用が掛かる映画になった「選ばれた」本たち!
読み終わった時の気持ち感想
ぼくは人生で大きなことを成し遂げたことはないですが、長く情熱を燃やしたもの(このお話では辞書作り)を完成させた人の「万感の思い」を共有することができます。
疑似体験というよりかは、主人公の仲間として一緒に喜ぶ感じでした。
大事な人が何かを達成した時に、うれしい部分だけではなくて、苦しい部分や悔しさが残る部分すべてを知った状態で一緒に感動できるのと同じように、熱く優しい気持ちになりました。
バックボーンを繊細に大量に描くことができる本でしか味わえない感動だったと思います。
主人公:㈱玄武書房 馬締光也(ここからネタバレします)について
言葉をため込むだけで使いこなせない無味乾燥人間と自分のことを揶揄する彼。ずっと「変わったやつ」だった。どうしても受け答えがトンチンカンで、人づきあいがうまくいかない。
本なら落ち着いて深く対話できるから、本をたくさん読むようになった。ズレているけど優しくて憎めない人物です。
そんな彼が辞書作りに人生を捧げていきます。取りつかれて、命をすり減らしているような勢いで仕事をします。
ちょっとズレているところは変わりませんが、成長し信頼され、最後は彼が膨大な時間をかけて多くの人の想い(執念)がこもった辞書を完成させます。
フィナーレの彼は無味乾燥人間と真逆の存在になっています。
【1章】荒木公平(馬締の先任者) 視点(5P~36P)
辞書作りに魅了された男。馬締を辞書作りの世界に引き込んだ男。
荒木は辞書作りに情熱を燃やし続けてきたが定年退職が近づいていた。
今までともに辞書作りに没頭してきた松本先生を心配させないために、莫大な時間と労力のかかる辞書「大渡海」を完成させるために、編集者としての最後の任務として、自分の後継者を探していた。(松本先生は辞書を監修する日本語学者)
荒木と馬締の初対面はトンチンカンなやりとりで、営業としては仕事ができなそうな感じでした。荒木はダメさを理解しながらも、彼の感性が辞書作りに向いていることを確信していきます。
言葉のレパートリーが多く、馬締になら自分の意思を引き継いでもらえると思い、辞書編集部に引き抜きます。
描写によって性格を表していくことがとても上手くて、人となりが手に取るようにわかりました。
【2章】馬締光也(主人公) 視点 (37P~122P)
この章で馬締は将来の伴侶と出会います。
◆下宿先「早雲壮」への帰宅から「香具矢」との出会いまで
辞書編集部内で浮いていることを気にする馬締。
今までも浮きっぱなしだったのに、なぜ今更気にするのか。彼は頭で考えることは得意でも、人に伝えることが苦手で、会話の中でとんでもない勘違いをよくします。
馬締のトンチンカンな勘違いが読者としては面白くて、癒されます。なんでそう思っちゃったの?の連発です。
「早雲壮」のベランダで初めて香具矢と会った時もかわいいね、何て名前?と猫の名前を聞かれて馬締です。と答えてしまう感じ、そのあとで誰が自分をかわいいと思うんだと自分につっこみます、トンチンカンだけど憎めないヤツです。
◆香具矢に恋して恋文をかいて想いが伝わるまで
「香具矢」に恋心を抱く馬締。心の中もトンチンカンなところが面白い。
香具矢に対して感じる気持ちで言葉の意味を深めていく。
釣り合わなそうな2人だが、辞書作りに情熱を燃やす馬締、板前の仕事に情熱を燃やす香具矢、果てしない完成のないものに焦がれてしまった切なさを共有することで距離を縮めていく。(心の距離だけだけど)
心が通い合ったのは感じ取ったのに告白できなかった馬締は恋文を書いて気持ちを伝えようとする。結局、恋文は硬すぎて恋文であることすら認識されなかったが、彼の想いは無事に彼女に伝わりました。
【3章】西岡正志(辞書編集部の先輩) 視点(123P~187P)
西岡は辞書編集部の馬締の先輩です。
1・2章では軽薄なチャラチャラした描写が多かったですが、実際は一番人間味のある人物でした。馬締やその他のキャラは職人肌の現実離れした性格ですが、西岡の悩みや考え方は
リアルに共感できるところが多かったです。一番自分に近い視点で馬締を解説してくれています。
松本先生や荒木が情熱を注ぎ続け、馬締も加わり人生を捧げている辞書作りですが、社内では「大渡海」の発行の中止の案までちらつき始めます。
目先のお金を生まない辞書作りは社内でも反対意見が多いようです。「大渡海」のプロジェクトを継続させる条件は2つ。1つ目は「大渡海」と同時並行で別の辞書の修正(自分たちの経費は自分たちで稼げとのこと)そして2つ目は西岡の広告宣伝部への異動です。
辞書への没頭する馬締に対して、言葉のセンスと執念に驚愕しながらも、松本先生、荒木、馬締の妥協できないメンバーで「真実の完成がない」辞書が完成するのか危うさを感じている。
唯一、辞書作りを俯瞰してバランスをとれる人物です。更に馬締が苦手な対外交渉を一手に担っています。
西岡は情熱に情熱で応えることを暑苦しいと避けつつも何かに熱く没頭することができない事に劣等感を感じていましたが、馬締との関わりの中で最後はそちら側に回ることを決意します。
広告宣伝部に異動後も西岡は馬締を支えていきます。
【4章】岸辺みどり(入社3年目) 視点(188P~272P)
女性向けファッション誌から移動してきた岸辺さん。
バランサーで馬締の支えになっていた西岡の代わりが、ファッション誌からの移動してきた馬締の5個下くらいの女の子とは、お互いきつそうだなと思っていたら様子がおかしい。
馬締の低評価スタートは予想通りだけど、馬締はじめ、周りの人物の見た目の描写があまりにも変わっている。違和感が確信に変わっていくなか、松本先生から決定的な言葉が・・・
企画を立ててから13年!
3章から4章の間に10年以上の月日が経過していました。松本先生の寿命が尽きる発言も冗談でない雰囲気になっています。
最初は馬締を見下していた彼女も、一緒に仕事をしていく中で、馬締の辞書に関しての情熱に感化されていきます。
「大渡海」も出版の日取りが決まり、最後の大詰めに向けて邁進していきます。最初からおじいさんだった松本先生が生きている間にどうにか完成してほしい。
入社3年目の彼女目線で、馬締の成長具合が読み取れて嬉しくなりました。
ズレているところは相変わらずですが(笑)
【5章】馬締光也 視点(273P~324P)
ついに馬締視点に戻ってきました。
松本先生の顔色が悪く体調を心配する馬締。松本先生と初めて会ってから15年が経っていた。どうにか生きているうちに「大渡海」を完成させたいと焦ります。
40代前半になった彼は頼りなさは一切ないく、「大渡海」完成の全てが馬締に掛かっている状態です。彼の成長からも物語のクライマックスが近づいていることを感ます。
いくつも伏線がありましたが、刊行の半月前に松本先生は完成を待たず亡くなってしまいます。
長年の夢の結末を松本先生に見せられなかったと、自分を責める馬締に香具矢がしっかり寄り添います。
◆最後の場面:「大渡海」完成祝賀パーティー
ここでも自分の力不足を悔いている馬締めに、松本先生が荒木にあてた遺書を渡します。荒木が馬締を連れてきてくれたことへの感謝が綴られていました。
松本先生の遺書から言葉の存在存在する意味、人が言葉を進化させて後世に繋いでいく意味を実感します。
言葉があるから記憶は存在し、言葉があるから記憶を分け合い語り合うことができる。言葉によって物理的な死を超えて人は生き続けることができる。
先生は言葉を介して生き続けていることに気づきます。
馬締は周りを見渡し、今まで出てきた人物たちの顔を眺めます。出てきた人物の描写があって、みんなでフィナーレを迎えます。
最後まとめ
最初にも書きましたがフィナーレは自分もパーティに参加しているような感覚がありました。
万感の想いを仲間の一人として共有し、参加者の一人として私も馬締のことを讃えていました。
これはこの作品を通して、いろいろな人物の視点で15年の時を経て、馬締を見つめてきたからだと思います。
人物の人となりを映し出す描写もすごく分かりやすくて人物像をしっかりと把握できたので、物語の中に深く入り込めました。
映画化された本は面白い。と気づいた作品です。映画見て原作を読んでいない人はぜひ、読んでみてください。以上
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